~引田の街はいろいろな歴史と産業、文化の集合体です~


風まちネット主催

街並み再発見!イベントを開催しました!

 

(写真2:飛行機からみた引田)

①オカ:商業と行政の地区

(写真3:松の下の豪商屋敷)

引田の街は、高松と徳島を結ぶ阿波街道が貫いています。

 この街道沿いには、100を超す商店や飲食店、旅館、料亭などが並び、江戸時代から昭

30年代まで、非常に賑やかなエリアでした。

 引田ではこの街道の通りを「マチスジ」、「本町通り」と呼びます。地元のお年寄りが、「マチスジに行けば何でも手に入った。」と言うくらい、華やかなエリアだったのです。

 また、井筒屋(現在の讃州井筒屋敷)、かめびし屋(岡田家)など、醬油、酒の醸造で

財をなした豪商や、日下家など、江戸時代から引田・香川県東部(東讃)の中心的存

在だった名家が居を構えています。

 「引田ひなまつり」も、このエリアを中心として開催され、当時の繁栄を今に伝えています。

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これは江戸時代~昭和初期にかけて、砂糖を作る際、サトウキビを搾る(引田では「シメる」と言います。)ために使われていた石臼。引田が、日本一の高級砂糖、和三盆糖作りのメッカだったことを物語っています。

最盛期には、引田の農地の6割がサトウキビ畑だったほど。(沖縄みたいだったんですね。)大坂や江戸で高値で取引され、まちに大きな富をもたらしました。

讃岐和三盆は、江戸時代後期、東かがわ市白鳥で製造法が発明されました。当時、国産の砂糖は黒砂糖しかなく、白砂糖である和三盆の誕生は、和菓子の世界に革新をもたらしました。

現在も製造業者が残っているのは、引田だけ。

大阪、京都、東京の高級和菓子店で広く使われています。

香川県内のお菓子屋さん、お土産物屋さんでも讃岐和三盆使用のお菓子がたくさん販売されていますが、実はその和三盆はほぼ全て引田で製造されたものなのです。

 

引田は、南北約2km、東西約1.5kmにわたり、ノスタルジックな街並みが続きます。

 今から約400年前(江戸時代初めごろ)に引田城の城下町として整備されてから、街の形がほとんど変わらず残っています。

 街には、瀬戸内海交易で栄えた引田港があり、現在は県内屈指の漁港、養殖の基地として賑わっています。

 街の周囲には田園地帯と讃岐山脈が広がり、豊かな自然と人々の営みが、昔と変わらぬ形で続いています。

 また、徳島県との県境に位置し、港からは徳島、淡路島が見渡せる、香川県で最も関西に近い場所にあります。

香川県の特産品といえば、ハマチ、いりこなどの海産物、讃岐和三盆糖、醬油などが有名ですね。

 引田は、これらの特産品の一大産地。街のなかで、古くからこれらの特産品を作り出してきました。

 いりこと醤油、讃岐うどんの原料としても欠かせないものです。

 特産品がこれだけ揃って作られているまちは、なかなかありません。

 その雰囲気を、まちの至る所で感じることができました。


風まち通信

   
   

 一方、「ハマ」はマチスジと引田港の間にある区域のことを言います。

 文字通り、港(ハマ)に近く、主に漁師や、漁業関係者が住むエリア。魚の加工場や、

水産会社も集まっています。

 「ハマ」では、港へ向かう路地がまっすぐに伸びていて、家からすぐ港へ行けるよう

になっています。

 また、大漁を祈願する「戎(えびす)神社」(地元では「おいべっさん」と言います)

がハマには5か所もあり、いかにも漁師町の風情が漂います。

住む人の苗字も、「網」「船」「浜(濱)」といった、海や漁業を連想させるものが多いのも特徴です。

「マチスジとハマでは、生活も、人の雰囲気も全然違う。」地元の人は今でもそう言います。

 歩いてみると、たしかに雰囲気が違います。

 生活感が漂い、漁師の生き生きとした声が聞こえてきそう

1025日、118日(日)の2日間、風まちネットでは、引田まち歩きイベントを開催しました!

 2日間で延べ40人の参加者が集まり、秋晴れの中、ノスタルジックな街並みを約3時間かけて歩きました。

 

 引田は、豪商屋敷の集まる古い街並みが残る地区として知られています。

しかし、それだけでは引田の面白さは全く語り尽くせません!

独自の文化や生活があり、街の成り立ちにも奥深い歴史があります。

マチスジから1筋内陸に入ったエリア。ここは農村地帯(地元では「デンダイ」と言います。)に近く、農民が多く居住していた地区です。

 現在は住宅が多くなりましたが、このエリアは、かつては街の一番はしっこでした。

 このエリアのうち、「寺町」といって、お寺が3つ並んだ地区があります。

(写真1)誉田八幡宮(八幡さん)横に積まれた謎の丸い石

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 引田は、漁業、農業、林業、そして商工業がバランスよくマッチした地域。

 街には、現在でも、それを物語るものがたくさん残されています。

 

引田の街は、ちょっと見ただけでは分かりませんが、実は大きく3つのエリアに分かれています。

(写真4:マチスジに並ぶ江戸時代の商家)

     

~引田を歩けば、香川の特産品が分かる、楽しめる~

②ハマ:港に近い「漁師町」

ハマの家並み

(写真6:おいべっさん)

今回、風まちネットでは、引田の「DEEP」な歴史、文化を、街を歩きながら再発見しようと、
街並み歩きを企画しました。

 

会員だけでなく、地元の住民、大学生、市外の方にも参加して頂き、ゆっくりと街を歩きました。

 

3、イケダ:農民の居住エリア

 

なぜお寺が並んでいるのか?

 

これは城下町だった時代の名残です。全国的に、城下町は、町のはずれに寺を集め、敵が町に入らないための砦(とりで)として使用できるように造られていました。

引田もそういった城下町の1つだったのです。3つのお寺は、今もまわりを土塀で囲まれています。